氣と武道と護身の術
護身
空手に限らず武道と呼ばれるものは現代社会においてはどのような意味合いを持っているのでしょう。命をかけた闘いが日常茶飯事だったころにははっきりとした意味と目的をもっていたでしょう。
しかしながら現代社会においてはそういったことよりもスポーツとしての存在感の方が大きいように感じます。あるいは家庭でなされるべき躾・礼儀作法・節度といったことへの期待でしょうか? 唯一武道らしさが残っていると思われる部分が護身ということなのでしょうか?
今、武道を修行する若者の大半は強くなりたいから武道を選んだと言います。その強くは己に対してでしょうか。それとも他人に対してでしょうか? 残念ながら大半の若者は後者だと言います。護身という意味も含めて強くなりたいということが大きな意味を持っているのでしょう。護身とはやむを得ず降りかかった火の粉を払うことを言いますね。私は争いが起らない環境を作ることこそ護身だと考えます。超人的な武人ならいざ知らずわれわれ凡人はピストルやライフルに素手で立ち向かえるわけはないのですから…。
氣と武道
氣と武道の関係を話すときは決まって中国拳法・中国気功の話になります。一般の方たち、否、武道や氣の専門家のなかにも中国のもののみが本当の氣を修得できると提唱する人がいます。果たしてそうなのでしょうか? 日本独自の武道は氣とは無関係なのでしょうか?
氣を一種のエネルギーと捉え体系化し、理論化させた中国の先人の素晴らしさは万人の認めるところでしょう。あらゆる文化・学問を学び、編纂・実践しながら独自の文化・学問を日本人が築き上げたことも事実ですね。
武道も同様に古来より存在したものに新しい技術や技を組み込んで日本独特の武術が出来上がりました。生活形態の違いや習慣の違いによってそれぞれが独特の発展を遂げたことは明らかだと思います。氣に対する接し方も違っていたのでしょう。気配・殺気・活気・豪気・気迫といった言葉にみられるように氣の概念は全ての武術に存在するのです。
空手における氣
空手において型にしろ組み手にしろ用意の姿勢をとります。その際、吸気とともに氣を取り入れて丹田に収めるというものがあります。チャクラでいうと第2(スワディスターナ)チャクラの部分です。武道において最も大切な場所といえます。血圧の調整を行うときもここに氣を流します。
突き・蹴りを繰り出すとき発氣をしないと生きた技にはならない。力任せの突き・蹴りは年齢とともに衰えてきます。スポーツとしての空手が若いうちしかできないのは氣を練ることよりも、スピードや瞬発力に重点をおいた練習のせいだと言ったら言い過ぎでしょうか? いくつもの大会で優勝した名選手でも選手としての寿命は短いものです。一生涯続けていける武の道を求めて氣を練磨しましょう。
空手の型(形)
現在行われている空手の大会には型競技と組み手競技がありますが、空手は格闘技である以上組み手が命であり、それを追求すべきだと主張する人がいます。中でも実際に突き・蹴りを当てるべきだとする人に多く見られるようです。私もこれは正しいと思います。
しかし、だからといって型の存在価値はないという意見には賛成できません。先人たちが命がけで創出し残してくれた型には大きな意味があるのです。ただ型だけでなく組み手においても昔とは異質のものに変化していますが、武術のスポーツ化が進んでいる今、仕方ない現象なのでしょうか?
ただし、全ての流派・会派がスポーツ化しているのではありません。大会は大会、普段の鍛錬とは違うという姿勢をとっている先生方も多いのです。
では本来の型の存在意味について考えてみましょう。闘いの場を想定してその攻防の場面を表現したものが型ですが、一人稽古中心に組み立てられていて、いわゆるイメージトレーニングの前身と言えるでしょう。
しかし、中には実際の攻防には使えないような動きや立ち方があります。これは何を意味しているのでしょう?
私は武術的動きに必要な筋肉の鍛錬のためと捉えています。やってみるとわかりますが、足腰の鍛錬にもってこいの立ち方・運足がいろいろな動きの中に取り入れられています。前後・左右・斜め・転位・転体といった動きによって自然に必要な筋肉の強化がなされ、そこに相手のイメージを描き、発氣しながら演じることによって技を練ったと思います。
相手を想定し氣を発しながら演武する型と、順序だけを華麗に追っていく型は、誰が見ても伝わってくるものが違うと言うことはお分かりいただけるでしょう。
氣とトレーニング
空手にしろその他の武道やスポーツにしろ、全てにおいて基礎トレーニングというものがあります。必要な筋肉や筋力をつけるためのものですが、空手でよく行うのが拳立て(拳で腕立て伏せを行うもの)です。
その際に肘を曲げながら意識で負荷をかけます。そして肘を曲げたままの状態でもう一度意識の負荷をかけます。4〜5回でかなりの運動量になります。これを続けていくうちに意識の力を使う技術が身につきます。呼吸も宇宙に遍満する氣を吸い、丹田に落とし、濁気を吐く、と意識しながら行ないます。呼気は鼻から吸い、濁気は口から吐くといいでしょう。氣を巡らせることを意識しながらゆっくりと行うことです。
その他ストレッチなどもゆっくりと時間をかけて意識の力を使うといいでしょう。